『ぼくは ぼく』トークイベント[1]しなもん


2022年7月2日(土)ムッチーズカフェで開かれた、しなもん[下山ワタル]初個展『ぼくは ぼく』トークイベントの模様を、本番時に用意したレジュメと記憶をもとに、加筆・再構成した書き起こしです。長いため、全体の構成を3分割しました。



[1]自己紹介 +「しなもん」について *このページ

[2]絵本とデザイン

[3]『のはらうた』について + エンディング




本日は大変お暑い中、お集まりいただきありがとうございます。


今回のトークイベントは、予想を超える応募状況のため、参加できない方が多数いらっしゃったと伺っています。ここにいらっしゃるのは、とてもラッキーな方々です(笑)。


本日は3部構成で、第1部は、自己紹介と、イラストレーター「しなもん」について。

第2部は、絵本編集者の東沢亜紀子さんをお招きして、デザイナー「下山ワタル」として……絵本作家の中川ひろたかさんの命名で「ゲザン」くんと呼ばれているので、「ゲザン」として、これまでに関わった絵本の仕事を振り返りながら、「絵本とデザイン」について話します。

そして第3部は『のはらうた』について。詩集『のはらうた』と、著者の工藤直子さんとの出会いなどについてのお話です。


事前に時間を計っていないので、どうなるかわかりません(笑)。失敗も込みで、お付き合いください。

 


1 :「しなもん」について


#あれ実は私なんです



Twitterで一時期流行ったハッシュタグですね。自己紹介も兼ねて、デザインとイラスト、これまでに関わってきた仕事を、画像とともに紹介していきます。

(各リンクから、それぞれの仕事の詳細をご覧いただけます。)


(左)THE BOOM「島唄 Shima Uta」

(右)矢野顕子「さとがえるコンサート2006」


(左)中村一義「ハレルヤ/恋は桃色」

(中)SUPER BUTTER DOG「サヨナラCOLOR」

(右)ハナレグミ「レター/ハンキーパンキー」



1994年に、高校時代の友人の誘いで上京し、THE BOOMと、のちに中村一義やハナレグミほかが所属することになる音楽事務所で働き始めました。入社直後は、ライター/編集見習いとして、ファンクラブの会報やコンサートパンフの編集などを手伝っていました。


そんなある日、お使いとしてデザイン事務所に素材を届けに行くと、デザイナーたちが、横に5台くらい並んだMacの画面と向かい合って、黙々と作業していたんですね。それを見て、なんだかテレビゲームみたいだな、と思って。それがMacとの出会いでした。

その後、自分でもデザインがやってみたくなり、自腹でMacを購入して、それまで手作業で作っていた月刊のFC会報を、MacのDTPに切り替えました。


そのうち、それまで社外の本職のデザイナーに外注していた小さな仕事が、ぼくのところに回ってくるようになった。社内なら外注費用も発生しないから、と(笑)。

だんだんと、所属ミュージシャンのCDや広告を任されるようになったり、矢野顕子さんのように社外からの依頼も増えてきて……それがデザイナーとしての出発点でした。しばらくして、Macでイラストも描くようになります。

ここに挙げたのは、ほとんどその頃の仕事です。


生活クラブ ロゴタイプ&カタログ


生協のロゴタイプやカタログのデザインは、フリーランス以降ですね。一冊の絵本の仕事がきっかけで、アートディレクターとして5年ほど関わることになりました。今でも、在任当時のぼくのデザインが使われています。


ケロポンズのおふたりとは長い付き合いで、友人でもあり、活動初期から児童書のデザインなどに携わっていました。ここ数年は「エビカニクス」などの振付動画の背景イラストを、いくつか担当させてもらってます。これはガチで、「#あれ実は私なんです」案件ですね(笑)。ぼくの仕事だとまだ知らない方もとても多いです。

(ヒント:YouTubeの概要欄をご覧ください。)

最初に動画が公開されたのが2012年。その3年後くらいに、ケロポンズが思わぬ形でお茶の間で大ブレイクして、再生回数が激増し、今年の春には1億1千万回を超えたそうです。

 


イラストレーター「しなもん」の誕生


ここからは、「しなもん/Cinnamon」名義で描いてきたイラストをご覧いただきます。

 


基本こんな感じで、MacのAdobe Illustratorで、マウスを使ってベジェ曲線で描いています。最初の頃は、線画で風景や静物を中心に描いていて、それから人物も描くようになりました。

2000年、ペーターズギャラリーコンペでの受賞をきっかけに、女性誌を中心にイラストレーターとしての活動を始めました。この時、デザイナーとしての名義と分けるため「しなもん(Cinnamon)」と初めて名乗ります。

由来についてはよく聞かれるんですが、本当になくて(笑)、日用品として使われる英単語の中から、適当に選んだような記憶がうっすらとあります(笑)。最初の頃は女性を描く仕事が多かったため、性別不明な感じが出せたのは良かったと思ってます。


 


受賞以降は、線画だけでなく塗りでも描くようになりました。最初が『のはらうた』シリーズで、しだいに、現実にある複雑なモチーフを描くことにハマっていった。その揺り戻しで、手描きの要素を取り入れたりもしました。


『モノローグ』より


ここまでの流れは公式サイトでも紹介しているので、あとでご覧になってください。


 


初めての個展を開こうと思った理由


さて、途中ブランクも含めて約20年の活動を経て、今回が初めての個展ということになります。どうして今になって急に開こうと思ったのか、という話です。


これまでデザイナーとして25年近く、ミュージシャンや作家の表現を支えてきました。ある日ふと、このままこういう形で仕事を続けても、自分の手元には何も残らないのではないか、と思ったんですね。デザイナーの仕事は、よほどの巨匠でもない限り、最終的にはミュージシャンや作家に帰属する作品になってしまう、と。


もちろん、それを不満に感じたことはこれまで一度もなかったし、むしろ匿名的な存在であることに誇りを感じながら、この仕事に長く関わってきました。

おそらく長くやってきたからこそ、ふとしたきっかけで愚痴のように、そういう気持ちが外に出てきてしまったのかもしれません。……コロナよりも何年か前の話です。


ちょうどその頃、ハードディスクに保存していた古い作品のデジタルデータを、まとめて見返す機会があって。10~20年前に描かれたそれらの絵を、曇りのない現在の視点で見て、正直「悪くないな」と思ったんですね。いや、悪くないどころか、すごくいいじゃん。昔の自分、よく頑張ってたな、と(笑)。


長い時間を経て、ある種「タイムレス」というか……最新というわけでもないけど、逆に古くなってもいない。『のはらうた』で言うと、単純な色面だけで構成しているので、グラフィカルでもあり、ちょっと切り絵のようにもみえる。時代的にどこにも属していないような感じが、面白いなと思ったんです。

 


「未来から来た」ぼく ✕ 過去のぼく=?


『のはらうた』に関しては、2000年代の前半に一度、自費で作品集を出す計画があって。でも結局、力不足などいろんな事情により実現できなかった。悔しさとか、いつかリベンジしたいという気持ちが、魚の小骨のように胸の奥に引っかかっていました。


でも、よくよく考えてみたら、今なら20年前よりも、印刷もグッズも低予算で気軽にできるんですよね。ネットも発達して、BASEなどで自分のショップが簡単に持てるし、SNSを使って、自分ひとりでも簡単に情報を広めることができるようになりました。作品集とかも取次を通さず、全国の独立系書店や絵本店などで直接扱ってもらうことも、不可能な話ではなくなった。制作物や自分の表現を広めるためのハードルが、昔よりも格段に低くなったんです。


たとえば『ドラえもん』に出てくる「未来から来た子孫」のように、昔よりも失敗も経験もたくさん積んだ「未来」のぼくが、黙々と描いていた過去のぼくと組んで、ただ昔の作品を世に出す以上の、何か新しい、面白いことができないだろうか……。

その第一歩が、今回の個展ということになります。

最初は、長年の夢でもあった『のはらうた』シリーズから。著者の工藤直子さんにもお許しとご協力をいただいて、このような展示が実現することになりました。

 


しなもんレトロスペクティブ


絵については、いわゆるイラストレーターのように受注を前提とせず、これまでに描いたオリジナル作品を、額装作品や冊子タイプの作品集などの形で、多少のアップデートを加えながら、展示・販売していく活動をベースにしていこうと考えています……それと、デザインとの二本柱で。

自作のアーカイブ・プロジェクト。「しなもんレトロスペクティブ」という名前で、ぼくは呼んでいます。音楽でいうと、リマスター再発プロジェクトに近いですね。


「しなもんレトロスペクティブ」ロゴ

 

プロジェクトの発想のヒントになった、クラフトワークのアーカイブ・プロジェクト

『RETROSPECTIVE 1 2 3 4 5 6 7 8』

 

ここに展示した作品は、この一回限りで終わりではなく、新たな要素を少しずつ加えながら、コンサートツアーのように各地を巡回していきたいと思っています。

作品やグッズが売れることで、次の新しい活動につながるようなサイクルを作りたい。……今、この辺に字幕が出ました(下の方を指差して・笑)。


現在は、サイトやショップに載せる文章の執筆から、編集・デザイン、印刷の手配、商品の発送、つたない営業に至るまで、全部自分ひとりでやってます。出版社ごっこ、ですね。

最初にお話しした、音楽事務所時代に担当したFC会報も、取材・撮影・執筆、企画・編集、切り貼りによるレイアウト、印刷の手配など、基本のところはだいたい自分でやっていました。それが、現在に至るぼくの原点です。今は、原点の頃の自分に近づいたような楽しさがあります。

 


→ [2]絵本とデザイン に続く

しなもん|Cinnamon Retrospective|下山ワタル

グラフィックデザイナー下山ワタルが “しなもん|Cinnamon” 名義で描いてきた作品のアーカイブプロジェクト「しなもんレトロスペクティブ」の公式サイトです。