『ぼくは ぼく』トークイベント[2]絵本とデザイン
2022年7月2日(土)ムッチーズカフェで開かれた、しなもん[下山ワタル]初個展『ぼくは ぼく』トークイベントの模様を、本番時に用意したレジュメと記憶をもとに、加筆・再構成した書き起こしです。長いため、全体の構成を3分割しました。
[2]絵本とデザイン *このページ
2 : 絵本とデザイン
それではここで、絵本編集者の東沢亜紀子さんをお招きしたいと思います。
(拍手)
自己紹介をお願いします。
東沢:これまで絵本出版社やフリーランスなどでの活動を経て、絵本の編集に長く関わってきました。現在は、教育画劇で絵本と紙芝居の編集に携わっています。下山(ゲザン)さんと初めて出会ったのは、いつになるんでしょうね……。
2010年の『劇あそびミュージカル』(中川ひろたか&藤本ともひこ・著、ハッピーオウル社)という、学芸会やおゆうぎ会で使える、ミュージカル風の「だしもの」の本でご一緒したのが最初だったと思います。それ以来、ぼくのキャリアの中で、最も多くの絵本を一緒に作ってきた編集者が、東沢さんです。
ここからは、ぼくがこれまでデザインに関わってきた絵本を、実際にご覧いただきながら、制作当時のエピソードなどについてお話ししていきます。
(当日取り上げた絵本の中から、6冊に絞ってご紹介します。それぞれの末尾に添えたリンク先で、より詳しい解説や中身をご覧いただけます。)
1──わたしはラーラ はたらくラーラ
(作:矢野顕子 絵:上田三根子 ニューフレンズ)
1999年、矢野顕子さんの「さとがえるコンサート」のツアーパンフとして制作された絵本です。ハードカバーの絵本の形をとっていますが、巻末にツアーメンバーのQ&A、コンサートスケジュールと、矢野さん本人によるお話の朗読CDが付いてます。
人気のため、翌年に続編『はたらくラーラ』も制作されました。
それまで、絵本の編集デザイン経験が全くなかったので、絵本特有の展開とか、奥付・ハードカバーといったしくみについて、絵本専門店のクレヨンハウスに何度も通って研究しました。奥付は、福音館書店の絵本のパロディになっていたりとか(笑)。
東沢:初めての絵本にしては、折数とか絵本の構造のことなどが、よく理解できていますね。
この本を担当してくれた、当時の会社と同じフロアに入っていた印刷会社の、営業兼プリンティングディレクターがとても優秀な方で、印刷・製本の基礎知識を、仕事を通してたくさん学ばせてもらいました。
ツアーパンフなので、売値が2500~3000円の間という価格帯だったと思いますが、視察に行ったNHKホールのロビーで、パンフを買い求めるお客さんの列が、廊下の奥の方までずらーっと並んだ光景が、いまだに脳裏に焼き付いてます。
一般的な書店流通の絵本との違いはあるにせよ、絵本が本来持つ面白さや魅力を、矢野顕子さん・上田三根子さんという最高のコンビから、いきなり直接学ばせてもらうことができて、その後の仕事にもつながる、とても貴重な経験となりました。
これは東沢さんが編集を担当した、からだの部位をテーマにした絵本シリーズ(すごいぞ!ぼくらのからだ)の一冊です。写真絵本ですね。目的や感情によって変わるいろんな手の役割を、写真と最小限の文字だけで伝える内容です。
東沢:著者の中川ひろたか先生が古くから温めていた企画で、ご自分でモノクロ写真を編集したダミーをずっと持っていらして。絵本の制作にあたっては、私の友人の写真家に大量の写真を新たに撮り下ろしてもらうことになりました。その過程もいろいろ大変でしたが、編集・デザインにもなかなか中川先生のOKが出なくて、苦労しましたね。
中川さんの頭の中にある最終案に、なかなかたどり着けなくて。結局、当時の自宅(作業場)まで来ていただき、アートディレクターとかデザイン事務所の上司みたいに(笑)、デザインをその場でチェックしていただいて、ようやくOKが出ました。
東沢:あそぶ手、作る手、よむ手、いのる手……いろんな「手」が並んでいって、最後にお孫さんと手をつなぐ後ろ姿の2ショット。これ、本当にいい写真ですよね。
そうですね。短い言葉とモノクロ写真の連なりだけで、とても温かい印象の絵本が作れたと思います。
これも東沢さんとの仕事ですね。あきやまただしさんといえば、TVアニメの「はなかっぱ」などでよく知られる作家さんですが、この絵本ではガラリと画風を変えて、街の真ん中に石を積んで高い塔を築く、孤独な男の半生を描いています。
東沢:この絵本は、あきやま先生からいくつか送っていただいた絵本ダミーの中のひとつでした。先生のほかの絵本のようなユーモアのある作品ではないけれど、ぜひやりたい!と、版元のハッピーオウル社の社長と意見が一致して、出版することに決まりました。
それまでの絵本作家としての歩みを、この絵本に重ねられたんですね。
東沢:その頃、東日本大震災の影響もあったと思うのですが、あきやま先生は絵本作家として、なんらかの区切りをつけようとお考えになられているようでした。ご自身の作家生活の集大成として、ひたすらに石を積んだ男の話を描かれた。その作品で、2015年の産経児童出版文化賞美術賞を受賞されて……。あきやま先生から受賞当時にいただいたメッセージを、ここに持ってきました(来場者に見ていただく)。
美術賞を受賞、ということなんですが、この時は、元々のラフに沿ってプレーンな書体を選んで置いただけで、ぼくとしてはほとんど貢献した認識がありません(笑)。表紙のタイトルを「いしをつんだ」風に並べたくらいで。
東沢:私、このタイトルロゴがとっても好きなんです。デザインいただいた時に「わ〜、いいなあ」と。ゲザンさんは、いつも作品から汲み取るということをしてくれて、それを程よくいい具合にデザインに取り入れてくれるデザイナーさんだなと思います。
4──よめる よめる もじの えほん
(作:こくぼみゆき 絵:しもだいらあきのり デザイン:下山ワタル あかね書房)
元々はあかね書房の絵本編集者の方……本日ご来場いただいていますが(笑)……から、ぼくに直接持ち込まれた、デザイン的なアプローチによるひらがなやカタカナの絵本、という企画でした。
なかなかアイデアが浮かばなくて、しばらく寝かしていたら、その企画書を見たぼくの妻が、勝手に絵本の原案を作って持ってきたんですね。「こびとのくつや」みたいに(笑)。それが思いのほか面白かったので、試しに編集者に送ったら、企画がそのまま通ってしまった、というのが誕生の経緯です。
この本で扱う、鏡文字とか読み間違いみたいな体験って、未就学児の2~3年くらいのごく短い期間で、ひとは通り過ぎてしまうんですね。小学校に入学すると、国語教育で直されてしまうので。そんな、ごく短い時間のための絵本です。
制作期間が、編集者、画家、われわれ著者とデザイナー……それぞれの子どもが未就学の時期とちょうど重なっていて。みんなで実体験を持ち寄りながら、明確な着地点を持たず、ジャムセッションのように作られた、とても珍しい制作過程の絵本でした。
「時間」をテーマにした続刊も同じチームで作りました(わかる わかる じかんの えほん)。
今回の個展でも販売していますが、初めて手に取ったお客さんの反応がものすごく良くて。その場で絵本の内容を説明すると、たいていの方が目を輝かせて買ってくださいます。局地的に大ヒットしています(笑)。
(結局、持っていったシリーズの全ての在庫が、個展期間中に完売しました)
編集担当の木内さんによる、この絵本の不思議な制作過程の一端が伝わるエッセイです(月刊「こどもの本」私がつくった本 より)。
きょう会場にもいらっしゃっている、切り絵作家で、妖怪えほん作家、という肩書をお持ちの、いちよんごさんの2作目の絵本です。これも東沢さんのご担当ですね。
東沢:いちよんごさんは、前職でパンの新規開発に関わっていらしたということで、おばけが作るにしては、かなり本格的な、パンの器具や製造工程が、お話の中に自然に出てきます。原画は、台紙から剥がれてしまいそうな、細かく切った色画用紙を切り貼りして作られた、切り絵ですね。パンのリアリティを出すのに苦心して、そこだけは焼き跡を描き足したり……。
原画展を拝見した時、制作にGOサインが出る前に作られた何十パターンものダミーを見て、ものすごい苦労の跡を感じました。一冊の絵本を作るのって本当に大変なんだな、と(笑)。色画用紙なので、ほんの少しの色ズレも許さないよう、注意深く色校チェックしました。
おばけたちが一生懸命パンをつくる、かわいいお話と絵だったので、デザインが生真面目になりすぎないように、あえてカッチリした書体を使わず、フリーフォントなどを多用して、遊び心を出しました。
東沢:ゲザンさんのデザインには、品の良さがあるんですよね。絵本は、主に子どもに向けてつくっているものですし、パッと目を引くためには、奇抜さや派手さのあるデザインがいい場合もあるかもしれないのですが、思い切ったことをしていても、どこかきちんと上品さがあるところが、すごくいいところだなと思っています。
イラストレーター秋永悠さんの絵本デビュー作です。デビュー作が丸い判型の絵本って、とても異例なことですよね。新人で、いきなり変わった判型で、思い通りに絵本を作れることって、なかなかないと思うんで。
秋永さんとは、2017年頃、Instagramをきっかけに知り合いました。ちょうどぼくが、絵の活動を再開しようと思った矢先のタイミングで、世界中の気になるイラストレーターのアカウントを、初見で片っ端からフォローしていたところでした。
原田治さんやディック・ブルーナの世界にも通じる独特のセンスが素晴らしくて、いつか仕事をしたいなと願いつつも、なかなか実現には至らず……。昨年、保育書の表紙の仕事(新装版・保育記録のとり方・生かし方)でようやくご一緒することができました。
そして今年、ご自身にとって初めての絵本を出すにあたり、デザインをぜひ、と直々にご指名をいただきました。作家や画家の方から、そんなふうに指名してもらえるのって、デザイナーにとっては本当にうれしいことなんですね。比較的早い段階から関わらせてもらえたので、絵本がより良くなるためのアイデアも、客観的な立場でいろいろと出すことができました。
秋永さんの絵の中にあるデザイン感覚は、ぼくが持っているそれと非常に近いものがあると思うので、また今後もこういう形でお仕事できたら、と思ってます。
絵本の中にある「デザイン」に光を当てる
このあと東沢さんと「絵本とデザイン」について少し話す予定でしたが……時間切れになってしまいました……。ご来場のみなさんには、紹介したエピソードの端々から、ぼくの考え方など、きっと伝わるものがあったのではないかと思ってます。
ぼくは、必ずしも全ての絵本がデザイン的な意味で、洗練されている必要はないと思ってます。そもそも、絵本というものが元々持っている構造とか成り立ちの中に、既にデザインが含まれていると思うんですよね。一枚絵の中に広がる世界の美しさとか、ページをめくることによって現れるくり返しの面白さとか……それはどんな絵本の中にも、きっとあるはずなんです。
ぼくの仕事は、もしかしたら著者本人も編集者も気付いていないかもしれない、その絵本の中にある「デザイン」的な美点や面白さを発見して、読者にもわかるように光を当ててあげることなのかも、と最近考えるようになりました。
言葉でくどくどと説明するよりも、そこは同じ「デザイン」で見せてあげる方が伝わるだろうし、それにデザインなら、力強くも、やさしくも、ピリッとでも、どんなふうにもアプローチできると思うので。
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