『ぼくは ぼく』トークイベント[3]のはらうた

2022年7月2日(土)ムッチーズカフェで開かれた、しなもん[下山ワタル]初個展『ぼくは ぼく』トークイベントの模様を、本番時に用意したレジュメと記憶をもとに、加筆・再構成した書き起こしです。とても長いため、全体の構成を3つに分けました。


[1]自己紹介 +「しなもん」について

[2]絵本とデザイン

[3]『のはらうた』について + エンディング *このページ

 


 



3:のはらうた


今回の展示作品のテーマとなった、詩集『のはらうた』についてです。


えっと……ここで質問ですが、みなさんの中で『のはらうた』をこの展示より前から知っていた方は、挙手をお願いします。

(……半分くらい手が挙がる)

では、小中学校の教科書で、学んだことがあるという方。

(……1~2人くらい挙手)


ご存知なかった方も結構いらっしゃいますね……。ちなみに今回、個展に来場された方々に同じ質問をしてみたところ、『のはらうた』を1990年代の中頃に小学校の教科書で学んだ、という方が何人かいらっしゃって……現在30代くらいまでの人が、学校で『のはらうた』を学んだ、最も古い世代にあたるみたいです。


最近の小中学生のほとんどは、国語の授業で『のはらうた』を勉強したことがあるんじゃないでしょうか。うちの娘は今、中2ですが、小学校と中1の教科書に出てきたそうです。

学校公開の時、廊下に小学生が選んで絵を描いた『のはらうた』が飾られているのを見たことがあります。あとは、好きな自然の生き物と自分の名前を組み合わせて、自分視点の『のはらうた』をつくったりとか。

 


『のはらうた』との出会い



──のはらうた I:のはらうた|書籍一覧|童話屋


『のはらうた』は、詩人の工藤直子さんが「のはらみんなのだいりにん」として、のはらに住む生き物や自然の声を聞き書きしてまとめた詩集です。

第一巻にあたる「Ⅰ」の刊行が1984年で、手元にある本では、1997年の時点で…46刷ですね。これまでに版元の童話屋から、詩集5巻と姉妹本がたくさん出版されています。

でも、そんなにも多くの人に読まれていたのにもかかわらず、ぼくもこの絵を描き始めるまで『のはらうた』のことを全く知りませんでした。


妻が昔、クレヨンハウスの編集部で働いていた頃、工藤直子さんの担当だったんですね。中川ひろたかさんや新沢としひこさんとご縁をいただいたのも、妻がきっかけでした。

90年代の終わり頃に、飲み会か何かの席で、工藤さんと初めてご挨拶して。家に帰ってから、本棚に置いてあった詩集を開いたのが、『のはらうた』との出会いだったと記憶してます。


詩を読んだ最初の印象は「すごく可愛い!」でした。ページを開くごとに、簡単な言葉で書かれた短い詩のひとつひとつから、のはらのカラフルなイメージが頭の中にパーッと広がってきた。詩を読んでそんなふうに感じたのは、『のはらうた』が初めてでした。

そのイメージをMacを使ってそのまま描いたのが、今回展示している作品です。


『のはらうた』との出会いについても、サイトにまとめているので、あとでご覧ください。


  

 


"あたらしい姿で"


古くからの『のはらうた』ファンが真っ先に思い浮かべるのは、詩集のさし絵を描かれている島田光雄さんの絵や、『のはらうたカレンダー』の保手浜孝さんの版画とか、モノクロの手描きで描かれた、あたたかみのある絵なんじゃないかと思います。

そんな中でもぼくの絵は異色というか、かなり対極にあると思うんですが(笑)……でも他ならぬ、工藤さんご本人が、今回の絵をすごく気に入ってくださっていて。詩画集や作品での詩の使用を、快く許してくださった上に、アドバイスまでいただいたり。

詩画集の帯やチラシにも、コメントをいただきました。


詩画集『ぼくは ぼく』POP/チラシ

 


今回の作品は最初、絵と詩を分けて、詩は額の下にキャプションなどの形で展示しようと思ってたんですね……詩と同列に並べさせていただくのが、なんだかおこがましくて。

でも、そのことを工藤さんにお伝えしたら、絵と詩が一緒の方がいいんじゃない?と。考えてみたら、ぼくの絵はデジタルなので、そういう扱い方もできるんですね。


コロナ禍の中でも、そんな感じでメールでやりとりしたり、作ったものをコンスタントにお送りしています。


古くからのファンの方だけでなく、今まで『のはらうた』のことをよく知らなかったり、教科書でしか触れたことのなかった方が、ぼくの詩画集や絵をきっかけに、また新しい気持ちで、この "あたらしい姿" の『のはらうた』と出会ってくれたらうれしいです。

 


「ぼくは ぼく」


ここで詩の朗読をしてみたいと思います。


まず、あちらの『すきなもの/みみずみつお』から。



これが生まれて初めて描いた『のはらうた』の絵でした。2000年かな? さっきもお話ししたように、詩を読んだ瞬間に、青い空と、のはらの緑と、その真ん中で昼寝をしているみみずみつおの姿が頭の中に浮かんできて……それをそのまま描きました(笑)。こんなふうに、フェス会場みたいに広いのはらを贅沢に使って、おひるねするのが夢です(笑)。


東沢さんも、もしお好きな詩があればひとつお願いします。


東沢:そうですね。では、私はこちらの『ねがいごと/たんぽぽはるか』を。



東沢:「会いたい」という想いを、こんなふうにたんぽぽの綿毛にたとえる感覚が、とてもユニークだなと思います。コロナ禍のこういう、簡単に会えなくなった時代だからこそ、響く詩でもありますよね。

 


では最後に、「ぼくは ぼく/からすえいぞう」です。

詩画集を作ったり、今回個展を開こうと決意した心境とも重なるところがあって、タイトルに使わせていただきました。


いろんなことに対して、長い間コンプレックスがあったんですね。たとえば、自分の絵がデジタルであることについて。……デジタルより手描きの絵の方が価値があるに違いない、とか、こういう動物の絵なら、いかにも手描きっぽいのがみんな好きなんだろうな……とか。実際に他人のそういう評価を耳にして、落ち込んだりもして。

でも、そんなふうに他人の目や声として入ってくる言葉って、結局、自分の内なる心の声だったり、自分自身の弱さの反映でしかないんですよね(笑)。


最近ようやく……おかげさまでこういう個展も開くことができて、堂々と「ぼくは ぼく」だと言えるようになりました。

 


自分自身を受け入れること


最近、ポップ・ミュージックや若年層向けのエッセイなどで、「自己肯定感」とか「自分を愛すること」をテーマにした表現が増えてきているな、と感じます。中2の娘が読んでいた、韓国で大人気のエッセイが、『私は私のままで生きることにした』(ワニブックス)です。

J-POPでもK-POPでも、「私は私」「自分を好きになる」みたいな歌詞がたくさん目に入るようになってきて、それは女性の自立とか、SNS全盛の中で感じるようになった「生きづらさ」とも、密接に関わっているんだろうと思います。


「ぼくは ぼく」にはそういう単純な「自己肯定」のニュアンスも含まれてはいますけど、それ以上に「現実を受け入れる」「自分を受け入れる」詩なんだと、ぼくは思ってます。

からすえいぞうが、カラフルな羽根やきれいな声への憧れもあるけど、この黒い羽根で、この声で、自分はやっていくんだ、と。もう、この自分で行くしかない──。


自己肯定=「自分を愛すること」だけでなく、この自分、今の自分を受け入れることができるようになると、少しは楽になれるのかもしれないですね。それは「自分を愛そう」みたいな優しいメッセージとは違って、多少の苦味や苦しみを伴うことかもしれませんけど。


今喋っている、このマイクを通した自分の声が、ものすごく恥ずかしいんですね。小学校くらいの時からずっと。ぼーーっとした喋り方なので、よくからかわれたりして。録音された声は、今でも自分では絶対に聞けない。でも、この声をみなさんは普通に聞いて、ぼくの声として受け入れているわけですから。


では読んでみます。


 



ゆめ


長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。多少バタバタしましたが、お話ししたいと思っていたことは、以上です。

東沢さんから、今日の感想などありましたらお願いします。


東沢:長年ゲザンさんとお仕事をご一緒してきましたが、今日は知らなかったことがたくさんありました。改めて、いろんなご経験によって、そのご経験が活かされて、今の「下山ワタル」さんがいらっしゃるのだなあと、興味深くお話を聞かせていただきました。私にとっては、これからも頼りになるデザイナーのゲザンさんですが、今後の「しなもん」としての活動も、楽しみにしています。


ありがとうございました。

今回の個展では、普段なかなか会えない先輩や仲間とか、あるいはふらっと訪れたお客さまに、自分ひとりでは気付けなかった、ぼくのデザインと絵の長所や美点を、たくさん教えてもらうことができました。

このトークイベントもまさにそうで、長年ご一緒してきた東沢さんだからこそ、引き出してもらえた話が、今日はたくさんあったと思います。案内役をお願いして本当に良かったです。

(拍手)


個展を開くことが、長い間の夢でした。コロナ禍の影響で、去年予定していた個展が実質中止になってしまって……。でも今回、たぶんその時より何倍もパワーアップした形で、このムッチーズカフェで初めての個展を開くことができて、大満足です。

どーんと背中を押してくれたり、たくさんのやりたいことを聞き入れてくれた、むっちとまどかさんのふたりに、心から感謝します。

(拍手)

またいつか、次の展示を、ぜひこの場所でやりたいです。



『のはらうた』シリーズの絵は、詩画集換算であと0.7冊分くらいのストックがあります。残りの0.3冊分、多少の描き下ろしなどを加えて、できれば2冊目を出したいと思ってます。

言葉や詩に絵をつけた作品がほかにもあるので、それも発表したいし、今日最初にご覧いただいたような女の子や風景の作品も、時代に合う形でいずれ出したいです。

先ほどご紹介したような、絵本や児童書のデザインにも、これからもっとたくさん関わっていきたいと思っていますので、ぜひ声をかけてください(笑)。


今は、テレビでよく見る「100万円に挑戦」クイズの第1問目を突破した気分です。このまま満足して、1問目の獲得賞金の半額をもらって、終わりにすることもできます。

ただ、できれば、みなさんにも温かい応援をいただきながら、これから2問目以降にチャレンジしていきたいと思っています。引き続きよろしくお願いいたします。


(拍手)



NFT?──おみやげ



最後に、入口でみなさんにお配りした「おみやげ」についてです。


Instagramでは「NFT?」とお知らせしました。

「NFT」というのは、最近アートシーンなどで話題の、非代替性トークン(Non-Fungible Token)の略語ですが、今日お渡ししたのは「N=なんか・F=ふしぎな・T=たまご」です(笑)。完全データのNFTに対抗して、こちらはひとつひとつ、完全手づくりです(笑)。



みなさん、ちょっと中を開いていただけますか?

開くとQRコードが入っているので、お手持ちのスマホで読み取ってください。

ほとんどの方は、ぼくの絵本・児童書のポートフォリオのPDFにリンクされるのですが、おひとりだけ「当たり」の方がいらっしゃいます。


(「あ、当たった!」の声)


こちらの賞品をお持ち帰りください。

これは「大吉」というタイトルの作品です。ずっと前に神社で引いたおみくじが、大吉で、とても良い内容だったので、当時家に持ち帰って、フォントなどを使ってリアルに描きました。その絵を疑似キャンバス加工したのが、こちらの賞品です。おめでとうございます!(拍手)


(当選者の方にご提供いただいた写真)


こういうコラージュみたいなのって、昔、デザインを始めるずっと前に時々作っていました。コピー機を使って切り貼りしたり。こんな楽しいアイデアなんかも含めて、ぼくのデザインであり、表現だと思ってます。


ドリンクのおかわりやお食事もあるので、よかったら頼んでください。グッズや展示作品もご覧になってください。今日は本当にありがとうございました。


(拍手)

 



お知らせ(その1)/

編集・東沢さん、デザイン・下山のコンビによる絵本の最新作が、9月末に教育画劇から刊行されます。


はだかんぼう  林木林/作 おおでゆかこ/絵



このトークイベントを受けてのお仕事だったので、絵本にとっての「デザイン」を強く意識しました。ヒット作を連発する詩人で絵本作家の林木林さんの、言葉のリズムと共振するようなデザインの絵本になったと思います。


──はだかんぼう|教育画劇

 


お知らせ(その2)/

6月の初個展で展示した作品の、期間限定(終売時期未定)オンライン販売を開始しました! 後日、ミニ額作品の新作も販売します。



それと、まだ何も決まっていませんが、『ぼくは ぼく』の展示を小規模な形で、地方でも巡回したいと考えています。こちらからもお声がけしようと思いますが、もし興味をお持ちのお店の方がいらっしゃいましたら、フォーム(トップページ末尾)からご連絡願います。

詩画集『ぼくは ぼく』と便せんのお取扱についても、お気軽にお問い合わせください。


しなもん|Cinnamon Retrospective|下山ワタル

グラフィックデザイナー下山ワタルが “しなもん|Cinnamon” 名義で描いてきた作品のアーカイブプロジェクト「しなもんレトロスペクティブ」の公式サイトです。